広島諸事・地域再生研究所主宰 石丸紀興

先日の新聞(2020・8・28)で、新サッカー場建設に 260 億円を計上するという記事が 1 面 トップに掲載された。これは突然ではなく今までの成り行きから言えば当然の一つの結末である。すでに中央公園北西部における発掘調査も着々と進められていて、後に引き返せないよう な動きが蓄積されている。ここに新たに注意を喚起し、新たな問題提起を行うものである。
 

少しだけ経過を辿ろう。

昨年末に旧陸軍被服支廠の解体問題で広島県が広く意見を募集したことは記憶に残るようなことであった。まちづくりの分野でパブリックコメントというやり方であり、すでにかなり以 前から取り入れられていて、広島市では 2020 年2月から3月 3 日まで「中央公園サッカース タジアム(仮称)基本計画(素案)に対する意見募集」として意見を公募した。その結果を広島市のホームページで公表している。これによれば応募は 305 件(167 人・団体) であり、「意見の趣旨を基本計画の案に反映させるもの」33 件、「既に意見の趣旨が基本計画に 盛り込まれているもの」72 件、「今後のサッカースタジアム建設の検討等において留意または 参考するもの」200 件となっている。私も意見書を提出したのでどのように扱われたのかを探 ってみたい。

果たしてこの配置計画でスタジアムが成立するのであろうか

実はこの配置計画は当初中央公園の北部で東側に置かれていた が(上図参照)、この計画を突然そのまま西側に移動させて改定案 (下図参照)となった。通常、配置計画を検討するならば、これだ け大幅に移動させれば平面計画もエントランスとか避難計画とか 大幅に変わるものであり、そのままずらせば成立するというもので はない。 そして設計でわかることは、このスタジアムの周囲には余地(ク リアランス)がほとんどなく、模型で見るように無理矢理押し込め て道路際一杯に計画されており、もし火災とか事故とかが発生した とき避難や救助ができるのか。 新しくできた神宮のオリンピックスタジアムと比較してみると よい。そもそもこの場所で 3 万人のスタジアムを計画することがで きるのか、根本的な問題があろう。それはさらに北側の市営中層住宅と近接していることも問題で あり、立ちはだかるような大きな音の発生源を目の前にして果たして静穏な生活が可能であろ うか。この公営住宅はいずれ除却されるから構わないであろうという乱暴な回答でよいはずはない。(耐用年限は令和 7 年度までとされているが、現在のところ建て替え計画は存在しない)

広島の基(もとい)の地をこのように扱ってよいのであろうか

計画される新スタジアムは、中央公園とされるが、その地は基(もとい)地といわれる基町 であり、そこは城下町広島発祥の地であり、特別の場所である。西欧の歴史的な都市では通常 アルテシュタット(オールドタウン、旧城下町)と言われたりする場所は、道路は狭いが歩行 者中心で様々な遺跡や痕跡を維持しながら独特の場所としている場合が多い。


それは開発しにくいというよりは、市民の出自の場所として敬意を払い、大切に扱っている のである。広島の歴史学者は果たしてどう考えているのであろうか。新たな建設計画を受け入 れるにしても何らかのコメントを聞きたいところである。


現在、本来ならば 3~4 年以上かけて丁寧に遺跡を見つけていこうとすべきであり、開発の ための無造作な発掘調査を進めるべきではない。*2 かつての城下町の一画であり、明治維新後 は軍都として軍事施設が集積し、被爆によって多くは壊滅したが、そこから当時の逼迫した住 宅不足に応える場所となり、いよいよ広島の戦後復興を終えようとして、そこに多大な費用と困難克服のエネルギーを投入して再開発を進め、ようやく中央公園が成立したのである。 まさにこれは広島の歴史の重要な物語であり、単純に公園の北部地域が空地、大きな空いた場所であるなどという判断が成立するものではない。歴史学者はなぜそのことを言わないのか。 広島に歴史学者がいなくなってしまったのか。広島を愛する人たちはなぜそのことに気づかな いのか。私自身は「間違っても重要な遺跡を闇に葬るべきはない」と警告したが、担当部署から実質的な誠意ある回答は頂いていない。

多くの情報が開示されていないではないか

提出した意見書に対して発表されている「意見募集の結果」は、基本計画に反対す内容も要 望にすり替えられ、体よくまとめられてしまっている。それは仕方ないにしても、基本計画に おける多くの基本的な情報が開示されていないことは大問題である。とりわけ現在のエディオ ンスタジアムとの競合、経営的に大きな赤字が出現しないのかという収支問題、サッカー競技 が終了した後の交通問題、とりわけリムジンバスへの遅延問題、市内交通の混乱問題など情報 不足は著しい。「善処します」では済まされない問題である。現在西風新都で試合が終わったあ と周辺は 45~90 分程度の交通渋滞は稀ではない。これに巻き込まれると予定も何もあったも のではない。都市の中心部では条件が違うと云うが、アウエーチームの応援観客が車で大挙し て来場することを禁止することはできない。希望的な観測ではなく冷静な客観的なデータの説 明が欲しい。これは先になって悔やんでも取り返しがつかないのである。

最後に言いたい

色々と問題点を指摘したが、決してサッカー場建設を基本的に反対しているわけではない。
ヨーロッパでは立地場所やサッカー場デザインなど様々な工夫をして建設している。放置され ていた土地をうまく利用したり、結果的にお荷物にならない軽い構造(単価も安く、いざとなれ ば簡単に除却できる)を取り入れたり、民間施設とうまく合体させたり、まさに SDGs の計画 を実現している。関係者は外国に施設見学の視察に行っているはずであるが、果たして何を見 てきたのか。後になって何十億円が無駄な投資であったとされないように、そして広島の計画 が世界に誇れるようなコンセプトではないと言われないように、今、慌てて建設を急ぐべきではなく、じっくりと再考すべきではないか。


*1 全国的に、世界的に、このような都心の限られた規模の土地に大規模集客施設を計画している事例があろうか。
*2 現在進められている発掘調査は、遺跡の原状究明調査とはいえず、価値ある物を丁寧に見つけ尊重しようという営為ではない。

広島諸事・地域再生研究所主宰 石丸紀興